神社と寺院の違いを知る前に神と仏の関係性を知る

 成り立ちや崇拝対象など、それぞれ異なる性格を持つ神社と寺院。その違いについては後で述べるが、その前にこれらの関係性について考えておきたい。歴史をひも解くと、互いが補完し合いながら発展してきたことが分かってくる。
 四方を海で囲まれ、峻険な山が並ぶ日本に暮らした古代人は、まず周囲の自然を畏敬の対象として崇めた。自然の生命力を称える豊作祈願や収穫祭などは現在でも各神社で行われている。一方、仏教は六世紀に大陸から伝来した。当時の豪族たちはその是非を巡り対立したが、反対派を押し切って蘇我氏が仏像を祀ったことが我が国での寺院の始まりとされている。
 神仏が深く関わり合うのは奈良の東大寺が設立された時。九州・宇佐八幡の分霊が勧請されて、神々は仏法の守護者として位置づけられた。こうした「護法善神説」や、「本地垂迹(すいじゃく)説」のように神仏が交じり合うことは「神仏習合」と呼ばれる。
 時代は流れ、武家政権が確立したころには、武士の棟梁・源頼朝が本拠の鎌倉に勧請した鶴岡若宮(現・鶴岡八幡宮)を篤く崇敬し、その信仰が鎌倉武士に深く浸透する。一方、多くの宗派が生まれた仏教も、茶の湯に代表される禅文化が死と隣り合わせの武士たちの間に広まっていった。
 その後、江戸時代に寺社奉行が設けられ、寺社の行政が整備されるに至るが、明治維新期には神仏分離令が出され、神道が国家の祭祀とされ、逆に廃仏毀釈で多くの寺が破壊される憂き目にもあった。そして戦後、GHQの神道指令によって神道は国家と切り離され、多くの神社は神社本庁が包括する宗教法人となるのである。
 仏教の伝来以来、約千五百年にわたり、神と仏は付かず離れずの関係で歩んできた。それこそが、日本人の精神の礎となっていることは、これらの歴史が語っていることでもある。


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