下野の札所を巡る

 

 神社や寺院を巡り、礼拝をする巡礼。その始まりは、平安時代の源氏物語に見られるような、貴族階級による願掛けを中心とした神社参詣ではないかとされている。その後、仏教の末法思想の流行により、浄土信仰を背景とした極楽浄土を願う巡礼へと変化していった。現在では現世利益を求める要素や旅行の要素も加わり、広く一般化している。

昔ながらの巡礼姿

昔ながらの巡礼姿

 巡るのは三十三所の観音霊場や八十八所の弘法大師の霊場などで、巡礼者が参拝したしるしとして札を納めたり受け取ったりした場所ということで「札所」と呼ばれるようになった。
 代表的な霊場は日本百観音と呼ばれる「西国三十三箇所」「坂東三十三箇所」「秩父三十四箇所」。

 なかでも、源頼朝が発願し実朝の代になって成立したとされる「坂東三十三箇所」は関東一都六県にある観音霊場で、栃木県には次の四カ所がある。

・第17番 出流山 満願寺
・第18番 日光山 中禅寺
・第19番 天開山 大谷寺
・第20番 獨鈷山 西明寺

 このほか、「北関東三十六不動霊場」や「関東四国札所」「関東八十八箇所霊場」などに含まれる栃木県内の札所も多い。また県内には、「那須三十三所観音霊場」や「足利坂東観音三十四札所」「佐野坂東三十三箇所」「下野三十三観音札所」などの札所もあり、巡礼が各地域に根ざし、人々の心の拠り所になってきたことがよく分かる。

 先行きの見えない現代に生きる我々は、極楽浄土を願い巡礼を続けた先人たちの姿と、どこか重なるところがあるのではないだろうか。こんな時代に生きているからこそ、今、札所を巡り幾ばくかの救いを求めることも必要なのかもしれない。


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