栃木が生んだ名僧 円仁の足跡

 日本での仏教発展に尽力した僧侶は数多くいるものの、「名僧」と呼ばれる僧侶となると数は限られる。そのなかで、我々が暮らす栃木県出身で、希代の名僧と呼ばれる僧侶がいる。
 その名は慈覚大師・円仁。その足跡を追ってみた。

 円仁は、現在の栃木県南部である下野国都賀郡で生まれた。生誕地には二つの説があるが、九歳の時に菩薩と称えられた大慈寺の広智のもとで修行に入り、十五歳で比叡山に登る。比叡山での円仁は、止観の法を修め、のちには師である最澄の代講を果たすまでになる。二十歳で官試に合格、天台宗止観業の年分度者になると、二十一歳にして宮中の金光明会で得度、二十三歳には奈良の東大寺で具足戒を受けて正式に国家公認の僧侶となった。

 その後の円仁は、己の修行ととともに、東北への巡錫や寺院の再興、出羽の国(現・山形県、秋田県)で大地震があった際にはいち早く駆けつけ天台の教えを布衍しながら巡錫を重ねるなどの功績を残している。

 そして四十二歳で最後の遣唐使に選ばれ、四十五歳で唐に渡る。この時記した『入唐求法巡礼記』は世界三大旅行書と評されている。帰国後、西日本で開基して以降の記録は残されていないが、亡くなるまで布衍に専心したとされている。

 仏教の布教に捧げた名僧・円仁が生まれた地に生きることを誇りに思いたい。

瑞光寺

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