時事談話 伊東永峯(多氣山不動尊長老)

伊東永峯(多氣山不動尊長老)×旭野一郎

伊東永峯(多氣山不動尊長老)×旭野一郎

旭野:最初に、”多氣山不動尊”という名前の由来ですね。宇都宮の田下町というところがありますが、発音は同じでも字は違うのですよね。

山号をとって多氣山と言われております

伊東:正式には、宗教法人持宝院と言います。お寺には山号、院号、寺号と3つの号があるのです。ここは多氣山、持宝院、不動寺と3つの名前があります。そこから、山号をとって多氣山と言われておりますが、持宝院という名前は一般の方は知らないですね。
私も、この山の名前が多氣山、地名が田下町となぜ漢字が違うのか疑問に思ったことがありまして、いろいろ調べたのです。もともとこの多気という山には、多氣城というお城がありました。城にはお殿様もいて、多氣山にはお寺もあり、不動明王が祀られているということで、この山は大変尊い山だということでした。それで、同じ字を使うことは恐れ多いということで字を変えたのです。 旭野:多氣山にたいして恐れ多いから、田下町となったのですね。一般的には多氣という町名はほとんど使われていないですよね。

多氣山不動尊長老 伊東永峯

多氣山不動尊長老 伊東永峯



多氣山不動尊

多氣山不動尊

伊東:そうですね。
旭野:今は多氣山不動尊ということで多くの方が、親しんでいますよね。
伊東:はい、多氣山というだけで通じますのでね。
旭野:この多氣山不動尊に上ってくるまでの長い道中は、なぜなのですか?
伊東:私の祖文の和尚さんがちょうどこのお寺に入りまして、今も残っておりますが多氣山のお参りの参道(旧道)というのが大変狭かったのです。そういう山道を曲がりくねって上ってきて、やはり広い道を作ろうということで、今のような道になったわけです。
今でこそ車で上れますけども、昔は砂利道で、雨が降れば川になるような狭い道でしたから大変でしたね。
旭野:だけど、我々は長い道中のほうが多少苦労してでも上りますよ。御利益もありそうです。
伊東:やはり道中が長いと、心の準備ができるのではないでしょうかね。すぐお寺の前に着いてしまうと、心の準備ができない気がするのですよね。
私が住職になった頃は、バスが来たら参拝の皆様が来て、バスがなくなると参拝者が来ないというそういう時代もありました。昔から不便な場所にありました。

階段数は以前と比べると2段増えて、108段になりました
代表取締役会長 旭野 一郎

代表取締役会長 旭野 一郎

伊東:これだけの坂道を皆様は、大みそかからお正月三が日は山の下から歩いて頂くわけですよ。お正月だけは、歩行者天国になって皆様山の下からお歩きになって上るという、昔ながらの修行をして頂くわけです。
旭野:私も昔からよく多氣山不動尊に来ているのですが、長い階段は、私の健康のバロメーターなのです。
伊東:石段も大谷石だったのですが、大谷石は穴が開いていて溝もあったので、どうしても弱かったのです。そうすると階段も上りづらかったので、これから高齢化社会になると手すりも必要になるのではないかと考えて、2年前に御影石で改修しました。
旭野:おかがさまで、手すりもあって私は階段を上りやすくなりました。
伊東:私もそうです。私も健康のバロメーターにしております。階段数は以前と比べると2段増えて、108段になりました。
旭野:そんなにあるのですか。
伊東:風邪をひいてしまった時や体調が悪い時は、途中で2,3度休むのが私の健康のバロメーターです。
旭野:車社会になって昔と今では、参拝者する人の層に変化はありますか?
伊東:大みそかの夜中は、若い方が多いように感じます。大みそかは車が入れないので、それを見越して4日以降に参拝される方も増えました。


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