無病息災

八雲神社

八雲神社

「八雲たつ 出雲八重垣 妻込めに 八重垣つくる その八重垣を」
この日本で最初の和歌を作ったとも言われています素戔嗚尊(すさのおのみこと)さまが主祭神です。

由緒

 その昔、茂木町弾正に住む清平衛という若い百姓が、川の岸辺で肥桶を洗っていると、上流から何やら流れてきたものがありました。
 肥柄杓でたぐり寄せてみると、何とも神々しく、大切に拾い上げて川際にそびえる丘の上に祠を建てお祀りしました。すると不思議なことに流行りの疫病が治まり、農作物の害虫被害も少なく、その年は豊作に恵まれました。以来この祠を大切にお守りし、神社としてお祀りするようになりました。これが八雲神社の始まりとされています。

歴史

 八雲神社の創始は建久二年(一一九二年)とされています。由緒にある弾正の地は現在の八雲神社から南方約五〇〇メートルの古天王山の麓の地区で、そこには今も「古天王さん」と呼ばれる祠があり、八雲神社の初めての鎮座地です。その後、旧宇都宮街道の際である茂木駅西側の仮宿の地に遷され、寛政三年(一七九三年)に当時の茂木領主細川公の寄進により現在の地に本殿・拝殿・大鳥居が建立、遷座されました。明治期には八幡宮が、昭和十九年(一九四四年)には大光神社(祭神・大光霊神)がそれぞれ相殿の神として祀られました。

山車の巡行

山車の巡行

御詣と観光

 主祭神「素盞嗚尊」は厄除けと健康の大神様として知られています。節分祭や夏越祭(茅の輪くぐり)には、御祭神のご利益を求めて町内外から参拝者が訪れ、また神輿の渡御と勇壮な山車の巡行が行われる例大祭・祇園祭も、多くの観光客で賑わいます。尚武の神「大光霊神」として祀られる細川興元公は、当地方の江戸期領主です。兄である熊本細川藩の藩祖・忠興公や、忠興の妻・ガラシャとの縁を辿って歴史ファンも訪れます。境内には興元公縁の宝物や古文書を常設展示する参宝殿があり、抹茶やコーヒーをお召し上がりいただけるほか、近隣に数多く点在する社寺や和菓子店を巡る散策の拠点としてもご利用いただけます。

細川興元公縁の宝物

細川興元公縁の宝物

アクセス

■車でお越しの方■
常磐自動車道水戸ICから40分。
■電車でお越しの方■
真岡鐡道茂木駅下車。

〒321-3531 栃木県芳賀郡茂木町大字茂木1609
TEL:0285-63-0479  FAX:0285-63-0479
駐車場:常時7台 初詣時30台 無料

安善寺

安善寺

ウグイス張りの廊下は県内唯一

由緒

 安善寺は、建久5年(1194年)平家一族 肥後守 平貞能(タイラノサダヨシ)公創建800年以上の歴史ある浄土宗のお寺です。
貞能公(後の大岩法師)は、主君 平清盛、重盛公と平家一族の侍大将として武勇の人物でもありました。
平家敗北に当たり、貞能公は重盛の妹、妙子を伴い、かつて都で情けをかけた宇都宮城主、宇都宮朝綱公を頼りに関東下野国へ落ち延び、現在の塩原から益子に来て、芳賀富士の名で知られる大平山(271.7m)の麓に安善寺を創建したのです。

歴史

 創建から約200年、火災にあったり、無住になったりして寺は荒れ果てますが、応永6年(1399年)大沢円通寺の開祖良栄上人の弟子良月が上人の名を受けてこの寺に来て再興したと言われます。
 現在の建物は享保15年(1730年)の再建で、昭和56年12月15日益子町指定文化財となりました。

県内唯一のウグイス張り

 本堂は江戸中期の建築で様式は寄棟造りとなっています。
 五間四面で住宅風寺院建築です。正面内陣は一段高く作られ、一間の須弥壇を設け、本尊を安置しています。
 廊下は県内唯一のウグイス張りで、堂宇の斗栱(ときょう)、欄間、須弥壇等は江戸中期の特長を良く表しています。

参拝の皆様へ

 境内には開山上人貞能公の100年忌目(1333年)に供養塔の石碑が建立されている他、地蔵堂、天然記念物の枝垂れ桜等があり、桜の名所としても知られています。
 また当山周辺は 関東ふれあいの道「風薫る山里のみち」の中間地点にあり、静かな里山の風景を楽しみながらの遊歩コースとなっています。

アクセス

■車でお越しの方■
国道123号線益子茂木間「小宅」交差点を曲がり、旧小宅小学校の横を通り、道なりに5km

〒321-4103 栃木県芳賀郡益子町大平202
TEL:0285-72-0128  FAX:0285-72-0128
駐車場:常時20台 初詣時20台 無料

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