安産祈願

賀茂別雷神社

賀茂別雷神社

多田の地で、未来へ向けて新しい百年の時をつむぐ。

由緒

 賀茂別雷神社の御祭神、「賀茂別雷の神」は、京都の上賀茂の地に「ちはやぶるわけつち山に宮居して、天下ること神代よりさき」と読まれ、遠い昔より、山の神、農業の神として奉られて、落雷除け、嵐除け、五穀成就、天下泰平の神として崇敬されてきました。

歴史

 天智八年(六六九年)、「雷の神を祀れば、此の土地は富貴安静ならむ」との神宣により、菊沢山の中腹に社殿を建て、大神を奉り祭事を行ってきました。
 その広大なる御神徳により正徳五年(一七一五年)、宗源宣旨により正一位の神階を賜りました。
 現在の本殿は宝暦十一年(一七六一年)の建築で、堂の彫刻は上州館林の住人斉藤甚平、甚八、両人の作で、竹林の七賢人、菊の花、竜など、めでたい物がたくさん彫られています。

上賀茂神社

 京都にある上賀茂神社の正式な名称は賀茂別雷神社といい、賀茂別雷神社の本社にあたります。雷(いかづち)の御神威により、厄を祓いあらゆる災難を除き給う厄除(やくよけ)明神・落雷除け・電気産業の守護神として広く信仰されています。
 また、桓武天皇の御代に都が京都に遷されて以来、皇城鎮護の神、鬼門の守り神、総地主の神として崇められ、方除祈願が多く行われています。

上賀茂神社

上賀茂神社

参拝の皆様へ

 賀茂別雷神社の境内末社である産泰神社は産泰さまと呼ばれ、古くより安産、子育ての大神様として、また御婦人の守護神として古い昔から信仰厚く、おもに北関東を中心に信仰を集めてまいりました。妊婦多数の念願により、文化十二年(一八一五年)に社殿を建て、木花咲耶姫命など十二柱の大神を奉斎しました。

産泰神社

産泰神社

アクセス

■車でお越しの方■
北関東自動車道、佐野田沼インターから車で約5分
■電車でお越しの方■
東武佐野線 多田駅から徒歩約8分

〒327-0311 栃木県佐野市多田町1506
TEL:0283-62-0641  FAX:0283-62-8255
駐車場:常時60台 初詣時80台 無料

磐裂根裂神社

磐裂根裂神社

「福巻ずし祈願」の発祥の地

由緒

 元亀元年(一五七〇年)九月二十九日に本殿を建設し、正一位の位をいただいて、明治七年(一八七四年)九月二十九日に安塚神社に昇格し、社号を改めて、村社磐裂根裂神社に改定し、現在に至っています。
 磐裂根磐神社は、名のとおり磐裂神・根裂神が主祭神です。

歴史

 磐裂根裂神社は、第十代崇神天皇の皇子が東国平定の際当地に住み、長寿されたため、「亀塚古墳」と呼ぶようになりました。亀塚古墳は現在、栃木県指定文化財になっています。
 地名は、昔は塚が八つあり「八ツ塚」として、いつしか安塚になりました。その後、この里が里としての姿を整えようとする頃、さるかたの病の平癒と五穀豊穣を祈願し、この地を中心として隆盛を極め、現在ゆかしきいわれをとどめる神社と共に深く里人の心を刻みつけ、永く人々に民族文化伝統を守ってきています。

夢福神

 昔から中国では「獏」(バク)は龍と並んで霊獣として人々の信仰を集めています。私達の悪い夢(厄)や鉄・青銅(武器)を食べて、良い夢(幸福)と平和な世界を与えてくれる「獏」の化身が“夢福神”なのです。磐裂根裂神社では、大きな亀が「心願成就」を叶えてくれます。

十二支の杓

十二支の杓

参拝の皆様へ

 磐裂根裂神社は亀塚の上に建っており、この塚より湧き出た水を「長寿の神水」と言われています。
 また手水をする際、十二支にあやかって十二支の杓で手水をすると、ご利益があるでしょう。
 また境内には恵方神社があり、今年(このとし)の恵方を知ることができ、その神社にお参りすると、万人心願成就することでしょう。

恵方神社

恵方神社

アクセス

■車でお越しの方■
北関東高速道壬生ICから約3km
■電車でお越しの方■
東武宇都宮線安塚駅から約1km

〒321-0201 栃木県下都賀郡壬生町安塚1772-1
TEL:0282-86-2618  社務所:0282-86-6952
駐車場:常時50台 初詣時200台 無料

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