ご利益

宇都宮二荒山神社

国幣中社に列格した由緒ある神社で、「二荒さん」の愛称で親しまれている。無垢のケヤキの大鳥居が圧巻

由緒

宇都宮二荒山神社は大変歴史が古く、第十代崇神天皇の御代にさかのぼることができる神社です。栃木県内の名神大社は二荒山神社のみで代々当主が社務職を兼ね「宇都宮大明神」と称し、郷土の祖神・総氏神さまとして篤い信仰を受け下野國一之宮といわれておりました。

歴史

現在残っている社記には、第十六代仁徳天皇の御代(今から約一六〇〇年前)に毛野國が二国に別けられ、御祭神豊城入彦命の四世孫奈良別王が下毛野國の国造に任ぜられます。この時祖神である豊城入彦命を荒尾崎(下之宮)に祭神として祀ったのが始まりで、その後承和五年(八三八年)に現在の地臼ヶ峰に遷されたと伝えられています。延長五年(九二七年)に完成した延喜式・神名帳には東山道街道筋として下野國河内郡一座大二荒山神社名神大とあります。

御祭神と御神徳

御祭神の豊城入彦命、大物主命、事代主命は武徳にも優れ古くから武将の信仰が篤く藤原秀郷公(平将門の乱)源頼義・義家公(前九年・後三年の役)源頼朝公(源平の役)徳川家康公(関ヶ原の合戦)など各々が戦勝祈願し、神領・宝物の寄進や社殿改築をされています。
 火防(ひぶせ)信仰も古くから起り十二月十五日・一月十五日の冬・春渡祭(おたりや)には県内・近県からの信者で夜遅くまで賑わっています。

御神輿

 

参拝の皆様へ

宇都宮二荒山神社では、各種ご祈祷をいたしております。会社関係(仕事はじめ・事務所開き・商売繁盛など)、お家のこと(厄払い・初宮参り・七五三他)等のご祈祷は随時申し受けております。
 詳しくは社務所へお尋ねください。

ケヤキの大鳥居

アクセス
■車でお越しの方■
東北自動車道宇都宮ICより約20分

■電車でお越しの方■
JR宇都宮駅から市内バス5分馬場町二荒山神社前下車
東武宇都宮駅から徒歩10分

〒320-0026  栃木県宇都宮市馬場通り1-1-1
TEL:028-622-5271  FAX:028-624-3204
駐車場:常時:400台

鷲宮神社

鷲宮神社

家中に福を掻き込むお酉様

由緒

 都賀町家中の総鎮守として、また「お酉様」として親しまれております鷲宮神社は、伝えられるところによれば大同三年(八〇八年)の創建で、最初は思川の側にありましたが、再三の洪水の為、朱雀天皇承平元年(九三一年)現在の地に遷宮したとされています。

お酉様

歴史

 建仁三年(一二〇三年)十月十四日に鶴岡、二所(箱根と伊豆)、三嶋、日光、宇都宮、鷲宮、野木宮以下の諸社に神馬を奉り、世上無為の報参としたとあり鎌倉幕府から一流の霊社として遇されていた事がわかります。享保十一年(一七二六年)十二月十一日を以て正一位の神階を授けられ、毎年の大祭には壬生藩主より多額の幣帛が奉納され、藩主または有司が社参し、厳かに祭典を挙行いたしました。

咳き止め祈願

 鎌倉幕府二代将軍、源頼家公が幼少の折、今の「百日ぜき」に罹り、心配した頼朝の妻二位尼君(政子)が当社に鶏肉と卵を断って病が治る様に祈願をし、頼家が回復すると御礼参りの使者として佐々木四郎高綱を社参させたといわれ、今でも咳き止めの御守りを求め遠方より多くの参拝者が訪れます。

参拝祈願風景

強卵式(毎年十一月二十三日)

 ここ鷲宮神社では、頂戴人が山盛りにした卵を残さず食べろと責められます。頂戴人たちはどんなに責められても卵を口にせず、有り難きこの卵は神様にお供えいたしますといって辞退します。その心掛けを良しとして、天狗たちが鷲宮神社の神様にご報告を申し上げるというあらすじです。 鷲宮神社へ御参りをする時、特に御祈願をする時には鶏肉や卵を断たなければならないという故事に因んだ儀式です。この故事を、もっと広く氏子さんたちに知ってもらいたいという願いから行われるようになりました。

強卵式

アクセス

■車でお越しの方■
北関東自動車道、壬生インターから東に車で約5分
■電車でお越しの方■
JR宇都宮線 JR石橋駅から北西に車で約5分
東武宇都宮線 東武おもちゃのまち駅から東に車で約5分

〒328-0111 栃木県栃木市都賀町家中451-2
TEL:0282-27-1419  FAX:0282-27-3151
駐車場:常時20台 初詣時50台 無料

今宮神社

今宮神社

厄除け・方位除け・恋成就のご祈願を受付ております。

由緒

 今宮神社は後冷泉天皇の御代康平三年(一〇六〇年)に、勝山城主氏家公頼公の肝煎りによって創建された神社です。始祖である宇都宮宗円が、かつて戦勝祈願 をした勝山の地に城を築いた後、「素戔鳴尊」を主祭神とし、己が産土神たる「豊城入彦命」を合わせ祀り、万民の幸福たらん事を願って神社が創建されました。
 そして、正安二年(一三〇〇年)に勝山城主・氏家公宗氏によって氏家二十四郷総鎮守として現在の地に移されたものです。
 近年では平成二年~五年に、平成の御大典記念事業を、平成十二年に遷宮七百年記念事業を、平成二十二年に創建九五〇年記念事業を盛大に実施いたしました。

本殿

本殿

歴史

 第九十三代後伏見天皇の正安二年(一三〇〇年)に、城主氏家公宗氏の崇敬により社殿を改築し、塩谷郡の北は三依、塩原より南は高根沢に至る二十四郷に毎年交営繕せしめしました。明治五年(一八七二年)には郷社に列せられ同三十九年(一九〇六年)、神饌弊帛料供進社として指定されました。
 昭和三年(一九二八年)に御大礼記念で拝殿を改築。本殿及び社務所等位置を変更移転し、神門の屋根萱葺を銅葺に改修しました。

大公孫樹

 境内の大イチョウは樹齢七〇〇年の古木で、栃木県銘木百選の指定になっており、秋には見事な黄葉で訪れる参拝者の目を楽しませてくれます。

大公孫樹

参拝の皆様へ

 今宮神社では厄除け・方位除け・交通安全・初宮参り・合格祈願他願い事に合わせたご祈願を受け付けております。

ご祈願

ご祈願

アクセス

■車でお越しの方■
東北自動車道宇都宮ICより30分
■電車でお越しの方■
JR宇都宮線氏家駅より徒歩10分

〒329-1321 栃木県さくら市馬場43
TEL:028-682-2685  FAX:028-682-2685
駐車場:常時25台 無料

寺岡山元三大師

寺岡山元三大師

江戸の昔より厄除け・開運・方位除災の祈願寺

由緒

 寺伝によると、聖徳太子の命によって建立され、「下野八薬師」と称されていたと伝えられています。
 元文年間(江戸時代)東山天皇の第三皇子、崇保院宮前天台座主准三后一品公寛法親王より、足利市寺岡町出生の亀田庄左衛門則重公が、永年身命を賭しての忠節を認められ、日本に三幅しか現存しない元三慈恵大師尊影御真筆を拝領したといわれています。

歴史

 亀田庄左衛門則重公が、「困窮の人、救済すべし」という元三大師自らのお告げを受け、元三慈恵大師尊影御真筆を寺岡山施薬院薬師寺(後の寺岡山元三大師)に奉納。
 以来、寺岡山薬師寺は寺岡山元三大師として厄除け・商売繁盛の祈願寺として江戸の人々の信仰を受けました。
 檀家をとらず、祈願寺のみの寺院として歩んできた経緯には、当時の栄華と信仰の顕れが伺えます。

薬師堂

 薬師堂のご本尊は薬師如来であります。正式名称は寺岡山施薬院薬師寺であり、とても薬師如来と縁の深いお寺です。
 ご祈願の御本尊は元三大師ですが、お寺の御本尊は薬師如来です。薬師寺の名前の由来ともなった仏様がこの薬師如来です。また寺伝によると、一番古い仏様といわれています。

薬師如来像

薬師如来像

元三大師

 元三大師は名を良源、諡号を慈恵大師といいます。正月三日に亡くなられたから元三大師と呼ぶようになりました。大師は、おみくじの創始者であり、又、厄除大師・降魔大師・角大師・豆大師などともいわれ、今なお、魔除けの護符として民家の門口に貼られます。
 元三大師を信仰する者は息災であり、家運は永続します。大師は、如意輪観世音の化身といわれ、寺岡山元三大師では、関東最大の大石像を安置しています。

元三大師御尊影

元三大師御尊影

アクセス

■車でお越しの方■
東北自動車道佐野藤岡I.Cより西へ15分
■電車でお越しの方■
JR両毛線富田駅下車、徒歩15分

〒329-4213 栃木県足利市寺岡町871
TEL:0284-91-3236  FAX:0284-91-3441
駐車場:常時500台 無料

薬師寺郷 鎮守八幡宮

薬師寺郷 鎮守八幡宮

奉祝 初詣、初参りは厄除けの鎮守八幡宮へ

由緒

 貞観十七年(八七五年)清和天皇の御勅定により東北守護の大神として石清水八幡宮の御分霊を勧請、創建されました。(神社伝承)一説には奈良時代天平勝宝元年(七四九年)、下野薬師寺(日本三戒壇)の守護神・仏法の鎮守神として鎮座したとも考えられています。清和源氏の氏神様・仏法の守護神とも称され、勝ち運・災難除けの願掛けが多く見られます。

歴史

 鎮座の後、幾度かの隆盛と衰退を経て、國ごとに安国寺を設置しようという足利尊氏の意向を受け、暦応鎮二年(一三三九年)、下野薬師寺はその存続の代償として寺名を安国寺とかえることになりました。
 しかし、表向きはなくなったはずの下野薬師寺の寺号は、その堂宇や寺地が往年の規模を失った後も、その由緒と共に語り継がれたのです。

お盆について

 お盆というと仏教行事の観がありますが、仏教渡来以前から続く日本古来の先祖祭りの行事で、幽世から帰ってくるご先祖様を丁重にお祀り申しあげ日々の加護と子孫の繁栄をお祈りする大切な祭事です。

神道の盆祭壇

神道の盆祭壇

建築に伴う祭典

 住宅や建造物を計画し築くうえで、おろそかにしてはいけない神事が色々あります。特に個人が住宅などを新築すると言うことは一生の内で何度もありません。 きちんと神事を行い家族全員が安心して住めるようにいたしましょう。

祭典の種類

◆地鎮祭(じちんさい)
◆上棟式(じょうとうしき)
◆竣功式(しゅんこうしき)
◆宅神祭(たくじんさい)
◆埋井祭(まいいさい)
◆その他

地鎮祭

地鎮祭

アクセス

■車でお越しの方■
国道4号線バイパス・道の駅しもつけの立体交差を降りて交差点を右折、県道笹原・二宮線エネオス薬師寺給油所信号北に入る
■電車でお越しの方■
宇都宮線(JR)自治医大駅下車 約4km

〒329-0431 栃木県下野市薬師寺1505
TEL:0285-48-0139  FAX:0285-48-1082
駐車場:常時10台 無料

八雲神社

八雲神社

「八雲たつ 出雲八重垣 妻込めに 八重垣つくる その八重垣を」
この日本で最初の和歌を作ったとも言われています素戔嗚尊(すさのおのみこと)さまが主祭神です。

由緒

 その昔、茂木町弾正に住む清平衛という若い百姓が、川の岸辺で肥桶を洗っていると、上流から何やら流れてきたものがありました。
 肥柄杓でたぐり寄せてみると、何とも神々しく、大切に拾い上げて川際にそびえる丘の上に祠を建てお祀りしました。すると不思議なことに流行りの疫病が治まり、農作物の害虫被害も少なく、その年は豊作に恵まれました。以来この祠を大切にお守りし、神社としてお祀りするようになりました。これが八雲神社の始まりとされています。

歴史

 八雲神社の創始は建久二年(一一九二年)とされています。由緒にある弾正の地は現在の八雲神社から南方約五〇〇メートルの古天王山の麓の地区で、そこには今も「古天王さん」と呼ばれる祠があり、八雲神社の初めての鎮座地です。その後、旧宇都宮街道の際である茂木駅西側の仮宿の地に遷され、寛政三年(一七九三年)に当時の茂木領主細川公の寄進により現在の地に本殿・拝殿・大鳥居が建立、遷座されました。明治期には八幡宮が、昭和十九年(一九四四年)には大光神社(祭神・大光霊神)がそれぞれ相殿の神として祀られました。

山車の巡行

山車の巡行

御詣と観光

 主祭神「素盞嗚尊」は厄除けと健康の大神様として知られています。節分祭や夏越祭(茅の輪くぐり)には、御祭神のご利益を求めて町内外から参拝者が訪れ、また神輿の渡御と勇壮な山車の巡行が行われる例大祭・祇園祭も、多くの観光客で賑わいます。尚武の神「大光霊神」として祀られる細川興元公は、当地方の江戸期領主です。兄である熊本細川藩の藩祖・忠興公や、忠興の妻・ガラシャとの縁を辿って歴史ファンも訪れます。境内には興元公縁の宝物や古文書を常設展示する参宝殿があり、抹茶やコーヒーをお召し上がりいただけるほか、近隣に数多く点在する社寺や和菓子店を巡る散策の拠点としてもご利用いただけます。

細川興元公縁の宝物

細川興元公縁の宝物

アクセス

■車でお越しの方■
常磐自動車道水戸ICから40分。
■電車でお越しの方■
真岡鐡道茂木駅下車。

〒321-3531 栃木県芳賀郡茂木町大字茂木1609
TEL:0285-63-0479  FAX:0285-63-0479
駐車場:常時7台 初詣時30台 無料

賀茂別雷神社

賀茂別雷神社

多田の地で、未来へ向けて新しい百年の時をつむぐ。

由緒

 賀茂別雷神社の御祭神、「賀茂別雷の神」は、京都の上賀茂の地に「ちはやぶるわけつち山に宮居して、天下ること神代よりさき」と読まれ、遠い昔より、山の神、農業の神として奉られて、落雷除け、嵐除け、五穀成就、天下泰平の神として崇敬されてきました。

歴史

 天智八年(六六九年)、「雷の神を祀れば、此の土地は富貴安静ならむ」との神宣により、菊沢山の中腹に社殿を建て、大神を奉り祭事を行ってきました。
 その広大なる御神徳により正徳五年(一七一五年)、宗源宣旨により正一位の神階を賜りました。
 現在の本殿は宝暦十一年(一七六一年)の建築で、堂の彫刻は上州館林の住人斉藤甚平、甚八、両人の作で、竹林の七賢人、菊の花、竜など、めでたい物がたくさん彫られています。

上賀茂神社

 京都にある上賀茂神社の正式な名称は賀茂別雷神社といい、賀茂別雷神社の本社にあたります。雷(いかづち)の御神威により、厄を祓いあらゆる災難を除き給う厄除(やくよけ)明神・落雷除け・電気産業の守護神として広く信仰されています。
 また、桓武天皇の御代に都が京都に遷されて以来、皇城鎮護の神、鬼門の守り神、総地主の神として崇められ、方除祈願が多く行われています。

上賀茂神社

上賀茂神社

参拝の皆様へ

 賀茂別雷神社の境内末社である産泰神社は産泰さまと呼ばれ、古くより安産、子育ての大神様として、また御婦人の守護神として古い昔から信仰厚く、おもに北関東を中心に信仰を集めてまいりました。妊婦多数の念願により、文化十二年(一八一五年)に社殿を建て、木花咲耶姫命など十二柱の大神を奉斎しました。

産泰神社

産泰神社

アクセス

■車でお越しの方■
北関東自動車道、佐野田沼インターから車で約5分
■電車でお越しの方■
東武佐野線 多田駅から徒歩約8分

〒327-0311 栃木県佐野市多田町1506
TEL:0283-62-0641  FAX:0283-62-8255
駐車場:常時60台 初詣時80台 無料

延喜式内 大前神社

延喜式内 大前神社

ご祭神は福の神様のだいこく様と えびす様で、ご利益は、健康・安全・縁結び・厄除開運などです。

由緒

大前神社の由緒は、奈良時代の神護景雲年間に再建されたと言われ、延喜式内社下野十一社に選ばれています。文化財も数多く所蔵し、平成元年(一九八九年)には日本一大きなえびす様の像が建立されました。

歴史

 大前神社の長い歴史を紐解くと、武将平将門も戦の勝利を祈願し、太平記に見える坂東荒武者・紀清両党の芳賀氏が崇拝し、天正十六年(一五八八年)には、平家物語(大前神社本)を神前に奉納されました。
 そして、二宮尊徳翁も当社のみそぎ所に籠もり大前堰を改修し、茨城県にもおよぶ大事業を完成されましたことは有名です。

だいこく様とえびす様

だいこく様とえびす様

大前神社の縁結び

 当社の御祭神は、その大国主神様と息子さんにあたる事代主神様です。男女の縁はもちろん、商売にも、友人関係にも、我々が良い人生を歩むためには多くの良きご縁が必要です。
 恋愛のご縁を願う方は、本社から真うしろの大物主大国魂神社をお参りください。商売のご縁を願う方は、本社から恵比寿神社をお参りください。

良縁の絵馬

良縁の絵馬

神楽奉納

 大前神社の大々神楽は、三十六座の神々の舞で、「だいこくえびすの舞」 「天孤白孤の舞」などがあり、開運招福、天地平安、五穀豊穣、子孫繁栄などを祈り舞います。
江戸時代中期に伊勢神宮より伝承されたといわれています。
 祈年祭(三月二十八日)例大祭(十一月九・十日)新嘗祭(十一月二十七日)の三大祭に神楽殿で奉奏され、今でも大切に守られています。

神楽奉納

神楽奉納

アクセス

■車でお越しの方■
北関東自動車道「真岡IC」から約10分
■車でお越しの方■
真岡鐵道「北真岡駅」から徒歩13分、またはJR「宇都宮駅」から「真岡行」の東野バス「大前神社前」下車

〒321-4304 栃木県真岡市東郷937
TEL:0285-82-2509  FAX:0285-82-2283
駐車場:常時200台/初詣時:300台 無料

持寶院[多氣山不動尊]

持寶院[多氣山不動尊]

弘仁13年(822年)開基。
本尊は不動明王像(市指定文化財)建物を包む自然林は北限の暖帯林として市指定文化財です。

由緒

 不動明王は真言密教の主尊である大日如来の使者とされ、多くの信仰をあつめている仏です。多氣山不動尊の御本尊不動明王は天暦三年(九四九年)三月二十八日を選んで、源頼光が多田滿仲の子、多田の法眼(円覚上人)に作仏を願い、吉野山中にこもり一刀三礼のもとに彫り上げた霊像です。

歴史

 宇都宮の西北十キロ、多気山(三七六メートル)の中腹に位置し、弘仁十三年(八二二年)、日光開山勝道上人の弟子尊鎮法師により創建されました。当初は馬頭観音を御本尊としていましたが、建武二年(一三三五年)八月一日、宇都宮九代城主藤原公綱公により今の本尊不動明王が御本尊として氏家の勝山城から多氣山不動尊に遷座されました。

多氣山不動尊本堂

多氣山不動尊本堂

多氣山大火渡り祭

 火渡り祭とは、野外で壮大な炉を組んで燃やしながらご祈願し、その燃え盛る炭の上を素足で渡る山伏の荒行です。
 多氣山大火渡り祭では、おこしになられた皆様にも除災開運、無病息災のご利益を得ることの出来る修行として火渡りを行っていただくことができます。

大火渡り祭

大火渡り祭

参拝の皆様へ

 真言密教の最大秘法を以って厳修する護摩修行は、毎日行なわれています。
 家内安全、商売繁盛、厄除開運、交通安全を祈る御信徒はあとをたちません。
 車社会の毎日を、もっと安心して過ごしたいと願う人びとのための交通安全祈願所では、あらゆる場所に溢れている危険から身を守っていただけるよう、毎日、多数の御信徒が訪れています。祈願は随時おこなっています。

真言密教の護摩修行

真言密教の護摩修行

アクセス

■車でお越しの方■
宇都宮I.Cより10分
■電車でお越しの方■
宇都宮駅よりバスで45分

〒321-0343 栃木県宇都宮市田下町564
TEL:028-652-1488  FAX:028-652-8098
駐車場:乗用車70台、大型バス5台 無料

磐裂根裂神社

磐裂根裂神社

「福巻ずし祈願」の発祥の地

由緒

 元亀元年(一五七〇年)九月二十九日に本殿を建設し、正一位の位をいただいて、明治七年(一八七四年)九月二十九日に安塚神社に昇格し、社号を改めて、村社磐裂根裂神社に改定し、現在に至っています。
 磐裂根磐神社は、名のとおり磐裂神・根裂神が主祭神です。

歴史

 磐裂根裂神社は、第十代崇神天皇の皇子が東国平定の際当地に住み、長寿されたため、「亀塚古墳」と呼ぶようになりました。亀塚古墳は現在、栃木県指定文化財になっています。
 地名は、昔は塚が八つあり「八ツ塚」として、いつしか安塚になりました。その後、この里が里としての姿を整えようとする頃、さるかたの病の平癒と五穀豊穣を祈願し、この地を中心として隆盛を極め、現在ゆかしきいわれをとどめる神社と共に深く里人の心を刻みつけ、永く人々に民族文化伝統を守ってきています。

夢福神

 昔から中国では「獏」(バク)は龍と並んで霊獣として人々の信仰を集めています。私達の悪い夢(厄)や鉄・青銅(武器)を食べて、良い夢(幸福)と平和な世界を与えてくれる「獏」の化身が“夢福神”なのです。磐裂根裂神社では、大きな亀が「心願成就」を叶えてくれます。

十二支の杓

十二支の杓

参拝の皆様へ

 磐裂根裂神社は亀塚の上に建っており、この塚より湧き出た水を「長寿の神水」と言われています。
 また手水をする際、十二支にあやかって十二支の杓で手水をすると、ご利益があるでしょう。
 また境内には恵方神社があり、今年(このとし)の恵方を知ることができ、その神社にお参りすると、万人心願成就することでしょう。

恵方神社

恵方神社

アクセス

■車でお越しの方■
北関東高速道壬生ICから約3km
■電車でお越しの方■
東武宇都宮線安塚駅から約1km

〒321-0201 栃木県下都賀郡壬生町安塚1772-1
TEL:0282-86-2618  社務所:0282-86-6952
駐車場:常時50台 初詣時200台 無料

日光二荒山神社

日光二荒山神社

栃木県日光市にある神社。式内社(名神大社)、下野国一宮。社格は国幣中社。

由緒

 日光二荒山神社は、一二〇〇年以前から男体山を御神体山として祀られた神社で、ご祭神は二荒山大神と称し、親子三神で、主祭神の大己貴命・妃神の田心姫命・御子神の味耜高彦根命が祀られております。日光市内三ヶ所、男体山山頂に奥宮、中禅寺湖畔に中宮祠、市内には本社が鎮座します。境内は、華厳の滝、いろは坂、日光連山が含まれ日光国立公園の中枢をなし、伊勢の神宮に次ぐ広大な神域を有します。

歴史

 下野国の僧勝道上人が大谷川北岸に天平神護二年(七六六年)に紫雲立寺を建て、天平神護三年(七六七年)、二荒山(男体山)の神を祭る祠を建てたのが日光二荒山神社の始まりと伝えられております。この祠は現在の別宮となっている本宮神社で、登頂を志して多くの失敗を重ねたあと、延暦元年(七八二年)には二荒山の登頂に成功し、そこに奥宮を建て、二荒修験の基礎を築きました。

滝尾高徳水神社

 二荒山神社の別宮である滝尾神社の入り口に鎮座。
 県下におけるダムはその数三十有余に及び、水神様を祀り、その広大無辺の御神徳を称え、昭和五十四年(一九七九年)に横川栃木県知事が藤原町高徳の鬼怒川沿いに造営しました。その後、道路拡幅の為に平成十年(一九九八年)に、この滝尾の地に遷座されました。毎年十月十日に例祭が執行されております。

滝尾高徳水神社

滝尾高徳水神社

男体山登拝大祭

 日本百名山の一つ、関東第一の霊峰 『男体山』で、
古くは『二荒山(ふたらさん)』と呼ばれる山です。日光連山八連峰の中心で、二荒山神社の御神体山です。毎年、七月三十一日~八月七日まで開催しています。

男体山のご来光

男体山のご来光

アクセス

〒321-1431  栃木県日光市山内2307
TEL:0288-54-0535  FAX:0288-54-0537
駐車場:常時50台/初詣時50台 有料(500円/1日)

日光山輪王寺

日光山輪王寺

日光市にある天台宗寺院。創建は奈良時代にさかのぼり、近世には徳川家の庇護を受けて繁栄を極めた。

由緒

 明治の頃から日光は輪王寺・東照宮・二荒山神社の三カ所が参詣所とされ、それぞれの境内は、いつも賑わっています。しかし、それ以前は「日光山」としてひとつに包括された関東の一大霊山だったのです。奈良時代の末、勝道上人によって日光山は開かれました。四本龍寺が建てられ、日光(二荒)権現もまつられました。

歴史

 輪王寺の本堂は日光山随一、東日本では最も大きな木造の建物で、平安時代に創建された、全国でも数少ない天台密教形式のお堂です。現在の建物は、正保二(一六四五年)、徳川三代将軍「家光」公によって建て替えられました。三仏堂の内陣には、日光三社権現本地仏という三体の大仏さま、東照三社権現本地仏という掛仏の、二組の三尊仏がご本尊として祀られています。

輪王寺 宝物殿
 

 一二四〇年を越える日光山の歴史を物語る歴史的・美術的価値の高い資料を保存・研究し、ご参拝の皆様へ公開することを目的として建設されました。
 収蔵庫には、国宝一件・五九点、重要文化財五一件・一六一八点、重要美術品四件・七点を含め、日光山一二四〇年余りの歴史を物語る約三万点の什宝を収蔵、常時五〇点ほどを拝観室に展示しております。

宝物殿に隣接する逍遥園

宝物殿に隣接する逍遥園

参拝の皆様へ
 

 大猷院の仁王門をすぎ、雨で七色に変化する石畳のさきにある御水舎。四隅を十二本の御影石の柱で支えられ、透かし彫りの金具で装飾された優雅な姿で参拝者を迎えてくれます。

御水舎

御水舎

アクセス

〒321-1494  栃木県日光市山内2300
TEL:0288-54-0531  FAX:0288-54-0534
駐車場:常時100台 有料(500円/1日)

下野星宮神社

下野星宮神社

古山の嵐除け「風祭り」旧参道に かかしが立ち並ぶ

由緒

 下野星宮神社は、第五十一代平城天皇の御代、大同二年(八〇七年)四月十日、藤原鎌足公十代の後裔にて飛鳥井刑部卿、地方の開拓司として当地に居住し、その所を児山の郷の乾の方にして宮内と称し、磐裂神、根裂神を祀り地方の鎮守としたと伝えられております。

歴史

 一説に堀川天皇の康和元年飛鳥井刑部院旨の命により此の地に社を祀るとありますが定かではありません。その後、後二条天皇の御代乾元元年(一三〇二年)に児山三郎左ェ門がこの地に城を築き、開運・武運の守護神として香取神社より経津主神を祀られ、崇高なる神社として今日にいたっております。

蛇の形の注連縄

蛇の形の注連縄

テレビ朝日ナニコレ
珍百景認定日本一の願かけ行灯大鳥居

 年の瀬になりますと氏子有志の人達が大きな依代を作り、来る年がより一層幸福であります様にと願いを込め、神様をお祀りし人々に福を授ける「上福祭」が行われると共に、「願かけ行灯大鳥居」が、神社西参道に御目見得し、正月の装いが整います。正月は、暗闇に行灯大鳥居の明かりが映え、多くの人々が今年一年のお願い事を大鳥居に書き込み、新たな誓いを立てる姿で始まります。元旦十時新春特別太々神楽が奉納され、餅や福銭が撒かれます。

願かけ行灯大鳥居

願かけ行灯大鳥居

参拝の皆様へ

 「とちぎのふるさと田園風景百選」に認定されたかかしのある風景は、八月中旬から九月中旬頃まで見学することが出来ます。
 八月下旬に嵐除けの「風祭り」と共に「かかし祭り」が開催されます。また「千度万度参り」の神事が大勢の子供たちにより行われます。

かかし祭り

かかし祭り

アクセス

■車でお越しの方■
北関東自動車道、壬生インターから東に車で約5分
■電車でお越しの方■
JR宇都宮線 JR石橋駅から北西に車で約5分
東武宇都宮線 東武おもちゃのまち駅から東に車で約5分

〒329-0502 栃木県下野市下古山1530
TEL:0285-53-1706  FAX:0285-52-2773
駐車場:常時30台 初詣時30台 無料

安善寺

安善寺

ウグイス張りの廊下は県内唯一

由緒

 安善寺は、建久5年(1194年)平家一族 肥後守 平貞能(タイラノサダヨシ)公創建800年以上の歴史ある浄土宗のお寺です。
貞能公(後の大岩法師)は、主君 平清盛、重盛公と平家一族の侍大将として武勇の人物でもありました。
平家敗北に当たり、貞能公は重盛の妹、妙子を伴い、かつて都で情けをかけた宇都宮城主、宇都宮朝綱公を頼りに関東下野国へ落ち延び、現在の塩原から益子に来て、芳賀富士の名で知られる大平山(271.7m)の麓に安善寺を創建したのです。

歴史

 創建から約200年、火災にあったり、無住になったりして寺は荒れ果てますが、応永6年(1399年)大沢円通寺の開祖良栄上人の弟子良月が上人の名を受けてこの寺に来て再興したと言われます。
 現在の建物は享保15年(1730年)の再建で、昭和56年12月15日益子町指定文化財となりました。

県内唯一のウグイス張り

 本堂は江戸中期の建築で様式は寄棟造りとなっています。
 五間四面で住宅風寺院建築です。正面内陣は一段高く作られ、一間の須弥壇を設け、本尊を安置しています。
 廊下は県内唯一のウグイス張りで、堂宇の斗栱(ときょう)、欄間、須弥壇等は江戸中期の特長を良く表しています。

参拝の皆様へ

 境内には開山上人貞能公の100年忌目(1333年)に供養塔の石碑が建立されている他、地蔵堂、天然記念物の枝垂れ桜等があり、桜の名所としても知られています。
 また当山周辺は 関東ふれあいの道「風薫る山里のみち」の中間地点にあり、静かな里山の風景を楽しみながらの遊歩コースとなっています。

アクセス

■車でお越しの方■
国道123号線益子茂木間「小宅」交差点を曲がり、旧小宅小学校の横を通り、道なりに5km

〒321-4103 栃木県芳賀郡益子町大平202
TEL:0285-72-0128  FAX:0285-72-0128
駐車場:常時20台 初詣時20台 無料

安楽寺

安楽寺

千二百年の法灯をつぐ古刹

由緒

 本尊薬師如来像は平安時代の作として、栃木県有形文化財に指定されています。
 境内の薬師堂は寛永二十一年(一六四四)に森田城主大田原出雲守政継候の寄進により建立されたものです。
 欄干には十二支の彫刻が配され、宮殿は豪華絢爛で日光東照宮の影響を受けたとみられる意匠が随所にみられます。

歴史

 大同二年(八〇七)、時の名僧徳一上人により開基されました。その後文禄四年(一五九五)賢海和尚が荒廃した寺門を復興、寺名を安楽寺と改めたとされています。その後現在に至るまで四十九世を数えています。
 江戸時代には幕府より談林の寺格を与えられ、末寺十四ヵ寺を有する本寺として当地方の有力寺院でありました。

本尊薬師如来像

本尊薬師如来像

安楽寺八十八ヵ所霊場

 安楽寺八十八ヵ所霊場は、昭和九年、弘法大師壱千百年御遠忌の際、四十八世住職村上勇興和上の発願により、四国八十八ヵ所へ参詣できない人々のために、当町高瀬の塩沢庄太郎翁が先達となって、四年間にわたり四国霊場を巡拝、各霊場の浄砂を持ちかえり、裏山一帯にその浄砂を基礎として、その上にお大師さまの像を建てたものです。

安楽寺八十八ヵ所霊場

安楽寺八十八ヵ所霊場

参拝者の皆様へ

 昭和六十三年、霊場開創五十周年にあたり、霊場の大改修工事が行われ、参道を大谷石で舗装し、霊場内に約二千三百平方メートルの公園を整備し、白みかげ石製の大観音像(宝生観音)を建立(東日本大震災で倒壊)、また、本堂前に修行大師像を建てるなどの諸事業が行われ、面目を一新しました。霊場は一巡約一キロ、眺望絶佳、四季折々の風情が楽しめますが、とくに桜とつつじの季節は見事です。

アクセス

■電車でお越しの方■
富田駅(出口)から徒歩約37分

〒321-0526 栃木県那須烏山市田野倉285
TEL:0287-88-2072  FAX:0287-88-6024
駐車場:常時10台 初詣時10台 無料

古峯神社

古峯神社

開運・火防 天狗の社

由緒

 今を去る一三〇〇余年の昔、隼人というお方が京都からこの地に移り、尊(御祭神・日本武尊)の御威徳を慕いつつ、京都よりこの古峯ヶ原の淨地に遷座(創祀)申しあげたのが始まりといわれております。

歴史

 日光を開かれた勝道上人は古峯の大神の御神威によって、古峯ヶ原深山巴の宿において、三ヶ年の修行の後、天応二年(七八二)日光の男体山に初めて登頂し、大日光開山の偉業を成しとげられました。
 古峯神社は全国稀にみる霊地として、火伏信仰、天狗信仰などに代表する諸人の敬虔な信仰を集め、久しきにわたってその御神威を保って参りました。

日本武尊

日本武尊

天狗信仰

 当社は別名「天狗の社」とも呼ばれ、神社内参籠室や廊下には所せましと天狗の面、或いは、扁額・威儀物(火ばし、下駄、わらじ、天狗人形)が掲げられております。
 これは熱心な崇敬者から心願成就の暁に奉納されたものばかりです。
 天狗はご祭神のお使いとして、崇敬者に災難が起こった時、直ちに飛翔して災難を取り除いてくれる、(災厄消除・開運)偉大なる威力の持主として広く根深い民間信仰を集めております。
 顔が赤く鼻の長い天狗を「大天狗」、黒いくちばしのある天狗を「烏天狗」と申します。

天狗信仰

天狗信仰

アクセス

■車でお越しの方■
東北自動車道鹿沼I.Cから45分
■バス・電車でお越しの方■
リーバス「古峰原線」
東武日光線新鹿沼駅から55分
JR日光線鹿沼駅から65分「古峰原神社」下車徒歩1分

〒322-0101 栃木県鹿沼市草久3027
TEL:0289-74-2111  FAX:0289-74-2539
駐車場:常時200台 初詣時200台 無料

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