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時事談話第三回 倉澤良裕(大雄寺住職)× 旭野一郎

旭野一郎の時事談話
倉澤良裕(大雄寺住職) × 旭野一郎
2009年6月12日
旭野:では"住職のご紹介"をお願いします。
倉澤:もともと私はお寺に生まれはしましたが、このお寺の住職になるとか入るとかの予定はなかったんです。
旭野:そうなんですか。
倉澤:その候補者たるものは(他に)いたわけです。それで私は僧侶になり、お寺の世界に入る、とは予定していなかったんですね。
『お寺の世界に入るとは予定していなかった』
旭野:ではこちらのお寺に生まれた経緯で?
倉澤:いいえ、別のお寺なんですね。このお寺の末寺みたいなものですから、師弟のようなものです。そこに生まれました。
ここの跡継ぎは私の兄に予定されていて、そういう教育もなされていました。ところが「嫌だ」ということになったわけです。
旭野:跡継ぎが。
倉澤:はい。私はもう既に公務員として働いていましたから。法律を勉強して法務省にいたんです。
旭野:はぁぁ。
倉澤:で、このお寺の後継者をどうするのか、ということになったわけです。もうすでに私は勤めていましたが、二番目がいるんじゃないかというとこで。それで私のところに話が来たわけです。
旭野:すると当時は東京の法務局に?
倉澤:東京の法務局にいたわけです。で、辞めて入るかと、度胸は決めたわけですね。
ところが何の資格もないものですから。辞めてから段階を踏んで、本山へ修行に行って、帰ってきて、前の住職さんの弟子......まぁ親ですけどね、弟子であると。一緒にここで坐禅研修だとか、精進料理だとかそういうものをいろいろ。二人でボーっとしている状態では私はいられないから、何かをやらねばならないと。
それはお寺の世界に入るときに、私は本来のお寺のあり方、どういう和尚になるかというような事を持って思い切ったわけですから。
旭野:はい。
倉澤:なので、こういうお寺に入るのであれば、"開かれた寺"というのを目指すと。
そういうことで、その歩みの姿は今に繋がっていますね。
旭野:でしょうね。
倉澤:はい。コンサートですよとか、研修会ですよとか。諸々の事をお寺へ入ることで実行して行くことになるわけです。
旭野:資格とかなんてことは?
倉澤:まず得度(とくど:出家して僧や尼になること)をしなければならない。
旭野:國學院だとか?
倉澤:はい、駒澤大学だとかね。まぁ、私は駒澤大学の法学部ですから。仏教関係を勉強しているのではなくて、法学部で法律を勉強したから法務省のほうへ試験を受けたわけですけれど、それは別に問題ないんですよね。勉強していないからなれないというわけじゃなくて、修行に行かなければならない。それには得度をして、誰のお弟子になっているのか、師匠は誰なのかとか。本山へ1年以上は行かなければならないとかね。そういうような段階を踏んでいかないと僧籍は取れないんですね。

時事談話聞き手 旭野 一郎
とちぎお参りネット運営会社
アサヒノ広告株式会社
代表取締役会長
『急な方向転換でお寺に入る』
旭野:なるほど。
倉澤:それを急ピッチで進めていって、それで資格を取って副住職になって、平成4年に住職になるわけです。
旭野:その修行は大変なんでしょ。
倉澤:うーん。まぁこれは曹洞宗の僧侶は誰もがやってくることですから。僧籍は取れないですよね。
旭野:それで本山というのは?
倉澤:私は鶴見(横浜市鶴見区)の總持寺へ行ったわけですね。
旭野:だいぶ勉強したことと、急に方向転換でお寺さんの方に入ることになっちゃったわけなんですね。
倉澤:そうですね。だから私はその踏ん切りをするためにはどういう寺としてやっていくかとか、自分はどう進まなければならないかとか、腹は決めたつもりです。
旭野:お寺にずっと住んでなくて、東京でお勤めしていたのですね。
倉澤:そうですね。そして一旦外へ出るということで、真摯にこの田舎やこの黒羽の魅力とかが見えるんですかね、外へ出ると。というところが、他の人とはちょっと違う。
旭野:ですね。
倉澤:でも最近多いんですよ、こういうケースが。別なことを勉強して別なことを職場にしてから(お寺に入る)。私の息子もそういう歩み方でしてね。
私としては私みたいな歩み方をするのではなくて、駒澤大学で仏教を学んで、大学院でも行って、そしてお寺に入るという。レールの上に乗ってくれることが一番安心かなとは思ったんですけれども。
旭野:そうでしょうね。
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